merryの徒然日記

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旅が好き。一眼レフを片手に今日もどこかで....(夢ですね)

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飛鳥を巡る 〜不思議な石像物〜

飛鳥の地にはなぜこんな石造物が?というのがたくさんあります

由来が分かっているもの、いないもの、それぞれですが、何だろう?と想像するのは楽しい





【猿石】

年代や制作理由も不明の猿を思わせる顔の石造物。元々は欽明天皇陵の南の田から掘り出されたものでしたが、その後、吉備姫王墓前に移されました

高さは1m前後で特徴から、僧、男性、女性、山王権現の名前が付いています

【吉備姫王墓】

欽明天皇陵の南側に位置し、欽明天皇の孫で皇極(斉明)・孝徳天皇の母、天智・天武天皇の祖母にあたります

【欽明天皇陵】

全長約138mの前方後円墳で欽明天皇の墓といわれていますが、近年、別の場所が欽明天皇陵とする説も出ています

【鬼の雪隠(上)・鬼の俎(下)】

天武・持統天皇陵裏手の小高い丘にあり、古墳の石室の蓋石(雪隠)と床石(俎)だと言われています。その形から鬼が付近を通る旅人を俎の上で料理し、雪隠で用を足したと伝えられています(床石があったところから蓋石が落ちた、というけどどんなん?)

【亀石】

その名の通り、亀のような動物が彫られた巨大な花崗岩の謎の石造物

当麻の蛇の仕業で湖が干上がって死んでしまった亀を弔ったもので、元は北向きだったのもが、現在の南西へと向きを変えており、西の当麻の方向を向いた時、大和国一帯が泥の海に沈むという伝説が残されています。

前回、十数年前に来たときより西に向いたかな?

【酒船石】

こちらも長方形に近い形の花崗岩。平に加工された表面には円、隅丸方形、楕円の窪みが彫られ、それらを直線で溝が結ぶ不思議な模様があります。酒造りに用いたと伝えられてこの名がつきましたが、用途はわかっていません

【亀形石造物】

斉明天皇(594年~661年)の時代に造られたとされる長さ2.3m、幅約2mの石造物。さきの酒船石と合わせてこの丘陵一体に広がる遺跡を現在「酒船石遺跡」と呼び『日本書紀』にみられる斉明天皇の「両槻宮(ふたつきのみや)」ではないかと推定され、この場所で何らかの祭祀が行われていたと考えられています

【水落遺跡】

中大兄皇子が造った日本初の漏刻(水時計)飛鳥川の水を使って時を計っていました

この遺跡をどう繋げると水時計になるのかな?

【天武・持統天皇陵】

天武天皇とその皇后、持統天皇の合葬墓。持統天皇は天皇初の火葬。遺骨は銀の骨壺に収められていたが、鎌倉時代に盗掘に遭い、骨壺だけ奪い去られ遺骨は近くに遺棄されたという

盗掘の顛末が藤原定家の『明月記』に記され、盗掘の際に作成された『阿不幾乃山陵記』に石室の様子が記されていて、被葬者がはっきりとしている数少ない陵墓

【高松塚古墳】

昭和47年に彩色壁画が発見され一躍有名になった古墳。被葬者についてははっきりとしていませんが、壁画の描かれ方等から高貴な人物とされています

本物の壁画を見る事はできませんが、西隣に高松塚壁画館があり模写や復元模型がみられます

ところで皆さんは歴史の教科書で習った高松塚古墳を覚えていますか?古墳の周りは竹林が覆っていて、初めて来た時は「教科書と一緒だぁ~」と感激したのを覚えているのですが、今回、きれいに変わってしまった姿を見てビックリしてしまいました

(↓これが十数年前に見た高松塚古墳です)

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(撮影日:10月20日)


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by y_merry | 2016-11-17 22:58 | おでかけ | Comments(0)